ジェイ・ステーション

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

感謝と謝罪のことばに期待しない~バングラデシュから学んだこと~

f:id:jstation:20160403024242p:plain人気記事

就職難?青年海外協力隊が帰国後に陥りやすい勘違い

結婚願望ZEROだった僕が結婚した理由

日本に一時帰国したら必ず食べたいものランキングTOP10

 

f:id:jstation:20160403024242p:plainおすすめ記事

初対面で聞かれる75のこと in バングラデシュ

一般的な「あるある」にならない一時帰国あるある5選

日本を飛び出し、混沌の国バングラデシュに恋をした男の話

f:id:jstation:20160316142324j:plain

こんな記事を発見した。

ヨッセンスは筆者のセンスの良さがブログ全体にでていて、シンプルかつスタイリッシュ。ピリリと辛いスパイスが利いた記事も多く、読み手に刺激を与えているのも読んでいて爽快。

そんな最近お気に入りのヨッセンスだが、実は共感できない記事も多い。(それでも引きこまれるのは筆者のセンスなんだろうな~)

ぼくが上記の記事に対して、「いやいやそんなことないですよ」と反論したことから、

 

 

こんなこと言ってもらえたので、しっぽふって書くことにする。

 

 ありがとうを言っていないのか

これは主観かもしれませんが、日本語話者は「ありがとう」をあんまり言わないような気がします。

ヨッセンスより

 二つの部分に突っ込ませてもらう。

  1. 「ありがとう」十分言ってます。
  2. 「日本人」ではなくあえて「日本語話者」と表現した理由がしりたい。

1.「ありがとう」十分言ってますの根拠

ぼくはバングラデシュで生活している。ここではとにかくありがとうという言葉を聞かない。

厳密にいうと彼らからしたらぼくは外国人で、外国人に対しては言う。しかしベンガル人同士で「ありがとう」の表現を言っている場面にはめったに遭遇しない

青年海外協力隊はバングラデシュだけではなく、アフリカや中南米、アジア地域にも派遣されているわけだが、どの地域の人に聞いても、「ありがとう」を日本人以上に日常的に使っている国はないという。

2.「日本語話者」という表現

どんな意図があって日本語話者と表現したのかはわからないが、日本語話者と聞くと、日本人だけではなく、日本語を話す人という意味に捉えられる。つまり日本語を話す日本人以外も含まれるわけだ。

そういう風に捉えると、日本人以外で日本語を話す人は、私のイメージでは「ありがとう」という表現を多く使っている。

日本語を話す外国人の多くは、日本を礼儀正しい国と認識している。だからこそ、予想以上に感謝の言葉を口にする人が多い。

だから、日本語話者という表現が誤解を生みやすいと感じた。

 

感謝と謝罪のことばに敏感な日本人

感謝のことばに敏感な日本人

自分も含めて日本人は、感謝のことばに敏感だ。

バングラデシュに住んでいて、「あいつに頼まれてやったのに、ありがとうの一つもないぜ。常識ないよな。」みたいな言葉を一度も聞いたことがない。

逆に「なんでありがとうと言えないの?」と問いただすと、キョトンとした顔をして、言っている意味がわからないという雰囲気になる。

謝罪のことばに敏感な日本人

折角なので、もう一つ言及しよう。

「ごめんなさい」「すみません」というような謝罪のことば。これも日本人は敏感。

謝らなくてもいいところでも、謝る傾向ぼくは時々イライラするくらいだ。

この謝罪のことばは、ここバングラデシュでは「ありがとう」以上に聞かない。そもそもベンガル語で「ごめんなさい」という単語が厳密にいうとない。ごめんなさいを表現するための単語はあるが、日本人が意味しているところのものとは少し異なる。

言うとしたら英語でsorry。

バングラデシュでは、自分の非を自ら認めるようなことはしない。死活問題になる。

非を認める=命を落とす可能性

例えば本当の話、車で人をはねたとする。

日本だと車を降りて、まずは救急車や警察を呼ぶ。そのまま逃げるとひき逃げで逮捕される。この流れは納得してもらえるはずだ。

が、バングラデシュでは人をはねたら、わき目も振らず遠くへ逃げろ。これ鉄則!

青年海外協力隊として活動していたとき、バイクを乗っていたこともあり、安全対策講習で言われて絶句した。

理由は簡単。

もし人をはねて、車を降りてその人が安全かどうかしている間に、近くにいるベンガル人たちがわさわさと寄ってきて、袋叩きにされるからだ。もしかしたら息絶えるまでやられるかもしれない。

ぼくはこの光景を見たことがあるから想像できる。

自分の非を認めたら命を落とすかもしれない。

こんな文化背景からも、日常的に謝罪のことばを聞く機会はめったにない。

 

期待しない

感謝や謝罪、日本ではこれをするだけで人間関係がスムーズにいったりする。ぼくは日本の良い部分であると誇りに思うし、自分自身も意識して使っていきたいことば。

しかしこの良い文化が心の闇になる可能性をひそめている。

「おれはこんなにお前のために尽くしたのに、ありがとうの一つもない」

「迷惑をうけたのに、謝罪のことばひとつない」

こうやってイライラを募らせ、最終的にその相手と関わりたくない、常識がないときってしまいかねない。

これでいいのだろうか。

ぼくはバングラデシュから学んだこと、それは「期待しない」こと。

感謝と謝罪のことばがあるものだと期待すると、イライラが止まらない。

これを解消するには、言われるものだと期待しないこと。相手に求めないこと。それが大事!

日本でも感謝されて当然、謝罪をうけて当然なんてことは思わないこと。

大切だと思うなら、自分が一方的に使っていればいいだけのこと。それを自分はこんなにしているのに、なんで相手はしないんだと思うのは傲慢ではないか。

 

ステーションまとめ

バングラデシュから日本に一時帰国すると、普段慣れていないせいで、感謝と謝罪の多さにイライラしてしまうこともある。

これはぼくの心が小さいだけで、感謝と謝罪は、とても大切なことだと認識している。

でもそれを相手に期待するな!

今日はそれを一番伝えたい。

 

感謝と謝罪があって当然と期待するな!がわかったら次のステーションへGO!

読者登録お願いします!

© 2016 ジェイ・ステーション