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学生をバングラデシュの村に放り込んだらどうなるのかを検証してみた

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青年海外協力隊としてバングラデシュにいたとき、一人の学生を村に放り込みました。

放り込んだというのは語弊がありそうなので説明すると、

  • 大学院の研究プロジェクトである
  • 学生は1か月短期の青年海外協力隊である
  • ホームステイが条件

ということで、急に来た学生を自分の家に泊めるのが嫌だから、村に連れて行って放置したわけではないことをご承知おきください。

 

今回はこの学生を村に放り込むことによって、自分自身も面白い体験ができたので記録に残しておきます。

 

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受け入れ準備

ホームステイ先探し

 

学生は夏休みの期間を利用して、JICAボランティア短期隊員として派遣されることが決まっていました。

ぼくが活動していた地域で一人の学生を受け入れることがきまり、そのための準備を2か月前からはじめます。

 

最重要任務は学生の 宿泊場所確保。

条件はこちら。

  • ホームステイで、学生用の部屋が一つあること(ベッド必須)
  • 蚊帳が設置してあること
  • 活動先の関係者が望ましい
  • 食事を提供してくれること
  • 公共交通機関を利用して一人で活動先に行ける場所
  • 身の安全が確保できる場所
  • 信用できる人であること
  • 約2週間宿泊できること
  • 食費代と住居代として日割りで計算して契約書を交わす

バングラデシュの人々は初対面でも家に招待してくれて、食事をご馳走してくれるし、フレンドリーでむしろ距離感が近すぎます。泊まっていけと良く言われます。

だからお金を渡すという条件付きであれば、すぐに見つかるものだと思っていました。

 

ホームステイ先の決定

 

ぼくが一緒に働いている同僚や親しくしている職場の人が、一番信用できて、部屋もあることを知っていたので前々から学生が一人来ることを伝えていました。

予想通り、一番親しくしている友人宅で受け入れてくれる ことが決まりました。

ただしここは何度も言わないと忘れられてしまう可能性もあるので、定期的に大丈夫だよねという念押しを行います。

もちろん大歓迎

という返事に安心しきっていました。

 

ホームステイ先のキャンセル

 

恐れいていたことが、学生を受け入れる1週間前に起こりました。

受け入れてくれる予定だった友人が、家族の反対によって無理だということになったのです。

最初から言ってくれないかな。。。

友人も悪いことをしたという気持ちがあり、親せきや知人の家を一緒に探してくれました。

  • 知らな人を泊めるのは怖い
  • 外国人は怖い
  • 報酬が少ない
  • 部屋がない
  • 安全を確保できない

などの理由で全く受け入れてくれるところが見つかりません。

この時点で学生がくる3日前です。

 

ホームステイ先の再決定

 

ようやく決まったのは1日前の夕暮れ時。

配属先からは1時間くらい離れているものの、ぼくも頻繁に通っている村です。

でも問題は家でのホームステイではない。

 

村の議員さんが支援する、学習塾の宿直室 のような場所でした。

確かにベッドはあり、先生が家に帰らずそこで寝泊まりしています。

トイレやシャワーは外にいかなければありません。

 

安全面はきちんと鍵をつけて、見回りもするし、夜は必ず宿直室に人がいる状態にすると約束してくれました。

食事は議員さんの家で提供するとのこと。

 

環境は、はっきりいうと劣悪です。

たった2週間とはいえ、学生が見た瞬間逃げ出したらどうしよう。

でも時間はありません。

せっかく1か月研究でくるなら、なかなか体験できないことをしてもらおうと腹をくくって、学習塾の宿直室に寝泊まりしてもらうことに決定しました。

 

学生受け入れ開始

学生の反応

 

正直やっていけるか不安そうでした。

英語は話せるものの、現地語であるベンガル語は全く話せません。

ただ学習塾の先生が英語を話せるので、なんとか意思疎通は図れるかなと思っていました。

 

なにかあればいつでもかけつけるし、耐えられなくなったらぼくの家にきてもいいことを伝えて、学生のサバイバル村生活が始まります。

 

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学生の嘆き

 

  • 朝5時半から6時には子どもたちの声で起こされる
  • 夜、見回りだといって、部屋から人がでていかない
  • 夜トイレに行くために外にでるのが怖い
  • トイレにゴキブリがでる
  • 私物をあさられる(盗まれたということは聞いてません)
  • 食事が美味しくない
  • 人が立ち代り入れ替わり、見に来て一方的に話されて疲れる
  • ペットボトルの水に、勝手に井戸水を注がれる

あげればきりがないのですが、前半は嘆きが多かった気がします。

それでも学生はぼくの家に逃げ込んでくることはありませんでした。

 

※トイレの写真を載せますが、食事中の方は気分を害する可能性があるのでご注意ください。

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学生の変化

 

来た時から物事を前向きにとらえる学生だったので、嘆きはあったものの、その環境を楽しむ ようになってきました。

  • ベンガル語の習得
  • 学習塾で英語を教える
  • 地域の人と積極的にかかわる
  • 地域行事への参加

地域のことを知り、どんどん人脈を広げて、その 地域のスター のような存在になっていきまいた。

彼が困っていると、村の誰かが助けてくれます。

ベンガル語がわからなくても、英語がわかる人がどこからともなく表れて、通訳をしてくれます。ベンガル語を話すぼくよりも意思疎通ができていたのではないかと思います。

 

すごいですよね。たった2週間ですよ!

ぼくは学生の環境適応能力と、地域住民に溶け込もうとする姿に感動しました。

 

検証結果

 

学生は、帰るころにはバングラデシュが大好きになっていました。

その村を離れるときの、別れが惜しくて集まってくる村の人々の多さと、学生が号泣する姿をみて、この村に放り投げてよかった と救われた気持ちになりました。

 

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その学生は日本帰国後も、バングラデシュの研究とベンガル語学習を継続し、一度その村に里帰りをしたといいます。

 

特別きれいな景色があったわけでもない。

特別おいしい食べ物があったわけでもない。

特別面白い見どころがあったわけでもない。

 

それでも彼は、その村と村人たちを大好きになり

 

「ジェイさん、ぼくもジェイさんと同じようにこの地域のファンになっちゃいました。」

 

と言ったのです。

その言葉をきいて、ぼくは この村に放り投げてよかった と再び思ったのです。

 

 ステーションまとめ

 

あなたもバングラデシュの村に放り投げられたくなりましたか?笑

貧困を救うために、ビジネスモデルを考えたり、お金で援助することも立派なことです。

しかし彼のように日本だったら考えられないような生活を、現地の人と同じ空間でするだけで、周りの人を明るくしたり、お互いの文化交流をすることができるのではないでしょうか。

これも一つの国際貢献につながると信じています。

ぼくは一人の学生を村に放り込んだことによって、そのことを教えられました。

 

 

 

 

 

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