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バングラデシュの物乞いビジネス、それでも可愛そうだと言いますか?

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1億5千万人が、日本の4割ほどの面積に密集しているバングラデシュ。

国連が指定する最貧国の一つであり、1日1.25ドル未満(約140円)で暮らす貧困層が人口の3割ほどいると言われている。

農村に住む人々は首都ダッカでの生活を夢見てくるが、教育を受けていないと仕事も得られず、「物乞い」をしている人がたくさんいる。

物乞いの背景は国によって少しずつ異なるようなので一概にはいえないが、バングラデシュで見てきた物乞いの背景をベースに、今日は物乞いについて考えていこう!

 

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物乞い≠かわいそう

 

日本で「お腹すいたから、お金くれ」と服の袖を掴まれ、数分間そばからはなれない、そんな経験をしたことがある人はいるだろうか。

ホームレスと呼ばれる人たちが、お金をいれる容器を用意しておいてあるのは見るが、自ら話しかけてくるということは一度も経験がない。

ぼくがバングラデシュで物乞いの人がいると、「お願いだから近づかないでほしい」と思ってしまう。バングラデシュにいる以上避けて通れないことはわかっている。だけれど、2年以上たった今でも感情をどう処理していいのかわからない。

なぜならかわいそうだと思えない自分がいることに、ショックをうけなければいけないのだから。

 

物乞いにお金を渡さない

 

かわいそうと思うことが良いことだとは限らない。でも少なからずぼくはボランティアとしてバングラデシュという国にきて、バングラデシュが好きになって、再び戻ってきた。ベンガル人の優しさにふれ、彼らの役に立ちたいと思った。

それなのに、今ぼくの助けを必要としているかもしれない物乞いたちに手を差し伸べてあげない自分ってなに?決めているのに悩んでしまう。

その決めていることとは、物乞いに「お金を渡さない」ということ。

1度だけ乗ろうとしているバスの乗車口をふさがれて、お金をくれなければ通さないという雰囲気が漂って恐怖を感じたので渡したことはある。

それ以外ではこの2年半子どもたちにどれだけ迫られても、ぼくは渡さない。

 

物乞いにお金を渡さない理由

 

単純に自分が渡したところで、全ての物乞いを助けることはできないという思いもあるが、目の前の人をその時だけでもうれしい気持ちになってもらうことができるかもしれない。

でもぼくがお金を渡すことによって、物乞いビジネスがなくならない。外国人にせがめば、お金を稼ぐことができる、そういう考えはもってほしくない。

ぼくはこの物乞いビジネスに警鐘を鳴らしている。

 

物乞いビジネスとは

 

物乞いビジネスという言葉はぼくが勝手につけただけであり、公に使われている名前ではない。ではぼくは何をもって物乞いビジネスというかを説明しよう。3種類あると考えている。

  1. いわゆるプロの物乞い。物乞いで収入を得て、最低限どころか比較的裕福な生活をしている。
  2. メインの仕事だけでは生活ができず、物乞いをして生活の足しにしている。
  3. 貧困者を集め、住居と食事を与える代わりに、物乞いをさせる。得た収入はほとんど渡さない。

全員がこの物乞いビジネスに含まれるわけではない。中には本当にどうしようもなく物乞いをするしかない人もいるだろう。それでも、お金を渡す人がいる限り物乞いビジネスはなくならない。

 

喜捨の精神

 

イスラム教徒の教えの一つに、「喜捨」というのがある。喜捨とは恵まれない人にすすんで金品や施し物を与えるという考え方で、イスラム教徒が9割を超えるバングラデシュでは、この教えにそって物乞いがせがんでくると、お金を渡す人が多い。

でもそこに心は全く宿っていない。

なぜなら渡さないといつまでも要求されるから、渡すことによって早く自分の目の前から立ち去ってほしいのだ。

会話をすることもなければ、優しい顔をすることもない。

本当に喜んで渡しているのだろうかと疑問に思う。

それでも外国人=お金を持っていると考えている彼らは、ぼくがお金を渡さないことに不思議がる。時には貧しい人にお金を渡さないとだめだと見ず知らずの人が怒ってくることもある。

物乞いからお金を要求されるよりも、周囲から渡せと言われる方がぼくは抵抗があり、この感覚がいまだに理解できない。

 

お金を渡さない代わりに会話をする

 

お金は渡さないと決めているが、代わりにしていることがある。

それはせがんできた物乞いと会話をするということ。

  • 出身地はどこ?
  • 名前はなに?
  • 日本って知ってる?

普段から優しくされることがない彼らは、質問されると最初は警戒する。しかし少しずつ心を開いて話してくれる人もいる。特に子どもは素直で、だんたん笑いもでてきたりする。

 

会話からうまれる本音

 

この会話から、実は今日ぜんぜん稼げてないからボスに叱られるという話を聞き出すこともできる。やはり、彼らを取り締まっている人がいるんだとそこで確信する。だったらお金をあげても意味がない。飴やチョコレート、バナナとかその場で食べれるものにしよう。

でも気を付けなければいけないのは、できるだけ一対一になること。複数いるとぼくも私も、さらに向こうからもと悲惨な状況になるし、子どもたち同士でケンカもはじまる。

 

正解はなにか

 

物乞いに対してどう接するのが正解なのか。だれも答えられないんじゃないかと思う。正解不正解とかではなく、自分はどう接したいのか、考えた先の行動であれば、だれもその行動を非難する権利はない。

ストリートチルドレンをなくそうと活動している団体もある

物乞いに教育や職業訓練を考えている人もいる

お金を毎回渡す人もいる

ぼくのようにお金は渡さないけど、会話をする人もいる

全てが必要なことなのかもしれないし、それぞれが大きすぎる目標である貧困問題をどうにかしたいと思った行動なんだと思う。

 

ステーションまとめ

 

青年海外協力隊をはじめ、国際開発問題に携わっている人であれば、1度は向き合わなければならない問題ではないだろうか。

答えがでるかわからないにしろ、自分がどう思ってその行動をしているかが一番大切な気がしている。

バングラデシュの物乞いは一つの職業になっている。

だからかわいそうじゃない。

 

物乞いについて考えることができたら、次のステーションへGO!

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