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43年間途絶えることがなかったJICAボランティア バングラデシュから撤退 

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パキスタンから独立しバングラデシュが建国されたのが1971年。

2年後の1973年にJICAボランティアがバングラデシュに派遣されて以来、2016年7月までずっと途絶えることなく、43年間で累計1264人の日本人が活動してきたのです。

1000人以上ものJICAボランティアが、43年間に渡ってバングラデシュの変遷を間近で見てきたわけです。

7月1日のテロ事件をうけて、その歴史に一旦ストップがかかったのです。

 

紛れもなく1264人のうちの1人であり、今そのバングラデシュにいるぼくが、心境を語ります。

 

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JICAボランティアの使命

JICAボランティアの目的は3つです。

  1. 開発途上国の経済・社会の発展、復興への寄与
  2. 友好親善・相互理解の深化
  3. 国際的視野の涵養とボランティア経験の社会還元

なにやら難しいこと書いてるなと思ったかもしれませんが、ぼくの言葉で表すとこうなります。

 

日本人である私たちが途上国と言われる国で、これまで培ってきた経験や知識を伝えると共に日本との友好親善大使になり、その経験を日本社会や国際社会に還元しよう!

 

同時にJICAボランティアが決して忘れてはならない、目的を達成することよりも大切な使命があります。

 

それは

 

生きて帰ること

 

日本にいるから必ず安全というわけではありません。

しかしJICAボランティアは必要以上に危機管理をしなければいけない国や地域に派遣されます。送り出してくれた日本で待っている大切な人たちに、元気な姿を見せることができなければ、いくら目的が達成されても意味がないのです。

そもそも生きていなければ、目的を達成することはできません。

 

残念なことに命を落としてしまうJICAボランティアがいるのは事実です。

400人近くいたぼくの同期の中にも不慮の事故で、亡くなってしまった人がいます。

現役隊員のみなさんは何よりも自分の命を最優先に、危機管理を怠ることなく、毎日を過ごしてくださいね。

 

バングラデシュからJICAボランティアが撤退した理由

これは公式発表があったわけでもなく、あくまで青年海外協力隊OBとしての意見でしかありませんが、今回バングラデシュからJICAボランティアが撤退した理由は安全を確保することが困難になったからです。

バングラデシュという国から日本人が全員強制撤退させられたわけではありません。現に日本企業の駐在員として働くぼくは、そのままバングラデシュに残っています。

 

じゃあ他の日本人はいいのかよ!という意見もでてきそうですが、そうではありません。ぼくたちも大使館をはじめとして、これまで以上に規制がかかったり安全対策をしたりしています。

あくまでJICAボランティアはJICAの管理において撤退したということです。

会社によっては駐在員が無期限の一時帰国を命じられたところもあります。

 

JICAボランティアは特別な存在というわけではないのですが、少なくともバングラデシュにおいてJICAボランティアの身にもしものことがあったとしたら、大げさではなく、ぼくのような民間企業の人も撤退せざるを得ない状況になる可能性があります。

それほどJICAボランティアというのは、その国の日本人に大きな影響を与えうる存在だということです。

 

JICAボランティアが公人と口酸っぱく言われる所以はここにあると思っています。

税金によって賄われているJICAボランティア事業であると同時に、周りの日本人にも大きな影響を与えうる存在であるということです。

 

いま派遣前訓練で「公人公人うるせーな、公人ってなんなんだよ」と思いながら過ごしている人がいたら、自分の意思や想像をはるかに超える影響があるということを肝に銘じて、訓練生活を行ってください。

 

そして自由だと思ったら、規定やルールが多くてなんだかなーと不満爆発しているそこの現役JICAボランティアのみなさん、あなたの身の安全のための縛りであることを理解してください。

 

バングラデシュの例を挙げるわけではないですが、2年間同じ国で同じ活動先で活動できることは奇跡なのですから!

 

もし企業の方で、企業はそんな簡単に撤退なんてできないと思う方がいるとしたら、それはその通りですが、JICAボランティアとは全く別のものだと理解してほしいです。JICAボランティアは自分たちの意思だけで判断できる立場ではありません。

 

バングラデシュ国内の反応

2015年10月の邦人殺人事件後、70名程いたJICAボランティア中50名ほどが帰国したというニュースがバングラデシュ国内でも流れました。

 


今回ボランティア全員が撤退したというニュースはまだ見つけられていませんが、テロ事件をうけて、JICA自体が撤退するのではないかという憶測まで飛び交いました。

 


JICAバングラデシュは撤退していませんが、国内に動揺が広がるほどこの国にとって大きな存在であることは確かなようです。

 

10年間100人以上のJICAボランティアと関わってきた友人がこんなことを言っていました。

ぼくが10年以上も日本人と関わってきて、一度も日本に行きたいと思わなかったのは、いつもぼくの周りにバングラデシュのことが大好きな日本人の若者がいてくれたからだ。

日本にわざわざ行かなくても、バングラデシュにいるからこんなに素晴らしい日本人と出会えて一緒に仕事ができる。

でも今その日本人の若者たちがいない。だから今ぼくは猛烈に日本に行きたいんだ。

 

JICAボランティアの課題ので、2年間終わったあと別の人がきて、言語も知識も一から学んでいくから引継ぎが弱いと言われています。

それでも彼が言ってくれたように、継続してずっと日本人が入ってきていたからこそ、一人の力は小さくても、大きな影響を与えていたんだなとわかったのです。

 

JICAボランティアは国に対して大きな変化をもたらしたいと強い想いを持っている人が少なくありません。素晴らしい志です。でも一人でもいいんです。異国の地の一人のために、自分ができることを寄り添ってできる、それがJICAボランティアの醍醐味であるとぼくは確信しています。

 

ぼくにとっても大きな痛手

青年海外協力隊ではなくなったぼくにとっても、今回の全員撤退のニュースは大きな出来事です。

駐在員としてバングラデシュで働いている今、目の前の仕事に追われ、バングラデシュに初めて来たときの想いや、再びここで働きたいと思ったときの気持ちを忘れてしまいそうな時があります。

そんなとき、JICAボランティアの後輩たちと会って、話をするだけで元気になったし、協力隊を経験した人しかわからない悩みや喜びを共有することができる幸せを感じていたんです。

それができなくなった今、心にぽっかり穴があいた気分なんです。

 

 

ベンガル語を話し

右手だけでカレーを食べ

現地人かのように値段交渉し

民族衣装に袖を通して道端を歩く

みんなの姿を誇りに思います。

 

次の国、次の道で、この無念な気持ちをぶつけてほしいと心から願っています。

 

本日のJステまとめ


ネパールで青年海外協力隊として活動するKeiさんが同じような記事を書いていました。

 

そう考えると、ここネパールで過ごしている今日という1日。 これは本当に奇跡なんだ。

1つ1つの「もしも」が無数に積み重なって、今日という日がある。 だから今日という1日は、奇跡なんだ。 そんな奇跡があって、僕はネパールにいる。

 

奇跡というのは非常にわかりづらいものです。

奇跡のようなことでも、それが日常になれば当たり前になる。

ぼくもきっと一つ一つの「奇跡」が積み重なって、いまバングラデシュに住んでいるんだろうな。志半ばで帰国せざるを得なかったみんなの想いを忘れずに、前を向いてバングラデシュの未来に貢献できる人になろうと改めて思いました。

 

そんなことを思い出させてくれる協力隊の存在は、それもまた奇跡。

0.04%の奇跡を読者のみなさんにも味わってほしいなー。

 

 

1264人中、何人目の隊員だったのか気になってきた。

 

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