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青年海外協力隊の2年間で後悔しているたった1つのこと

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ぼくはこれまでの人生で、やったことに対して反省はしても後悔したことはない。

青年海外協力隊の2年間の活動でもほとんど悔いはないのだが、唯一後悔していることがある。

なんであの時行動に移さなかったのだろうと今でも悔やんでいる。今からではどう頑張っても取り返しがつかない事だからだ。

今日はその後悔の話を通して、自分への戒めも込めて「思ったら行動しよう」ということを伝えたい。

 

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同僚の死

 

その知らせを聞いたのは、ぼくが日本へ本帰国していた時だった。

Facebookで知り合いのベンガル人たちが、亡くなった人の写真を載せ、追悼の意を表していた。

「えっまさか!」

ぼくはすぐにバングラデシュに電話をかけた。

「もしもし、Facebookで見たんだけど、もしかしてIさん亡くなったわけじゃないですよね?」

ぼくはほとんど確信していたが、一抹の希望を載せて、【亡くなったわけではないよね】という表現を使った。

「残念だけど、今朝Iさんは病院で息を引き取ったよ。」

ぼくはその瞬間、膝が抜けたような感覚に陥った。

彼はまだ40代前半だった。

 

一番の理解者

 

青年海外協力隊はカウンターパートという存在がいる。

※カウンターパート=国際協力の場において、現地で受入を担当する機関や人物のこと

ぼくの配属先のカウンターパートはいたが、活動において様々な協力者を得る必要があり、ぼくは6人のカウンターパートを自力で見つけた。

Iさんはそのうちの1人であり、活動における一番の理解者であり協力者だった。

ぼくがまだ活動場所に配属されたばかりのとき、日本人が1人いるという噂を聞きつけて、わざわざ会いにきてくれた人なのだ。

ぼくが活動を進めるにあたってキーポイントになったUNDP(国連開発計画)の県プロジェクトマネージャーだった。

UNDPの日本拠点のホームページはこちら

UNDP本部のホームページはこちら(英文)

私生活でも困った時は助けてくれて、家にも招待してくれてご飯をご馳走になった。まだ小学生の1人娘もいた。

「バングラデシュに青年海外協力隊のようなシステムがあれば、ぼくもチャレンジしたかった。」

彼はJICAのこと、協力隊のシステムのことも沢山聞いてくれた。

ぼくの過去現在未来のことを興味深く聞いてくれた。人生の先輩としてアドバイスもくれた。

日本ではこういう問題に対してどう対処している?どうやってベンガル語や英語で説明していいのかわからないことも、ゆっくり納得するまで質問してきた。

プロジェクトの活動があるときはいつも連絡をくれて、どうやってぼくが活動をすすめられるか一緒に考えてくれた。時にはもっと良くするためにアドバイスがほしいと求められることもあった。

 

風邪をこじらせた

 

任期も残り半年になったころ、バングラデシュの情勢が思わしくなく、活動制限どころか外出禁止令が3ヶ月以上も続いた。

なかなか活動に行けない歯がゆさの中、時々彼とも電話で連絡をとりあっていた。

これまで出会ったベンガル人の中でも、1~2位を争う働き者で朝早くから夜遅くまで働いていた。フィールド活動も多く、時には片道5時間かかる場所も日帰りで行くこともあった。

そんな彼が体調を崩しているようで、電話からでも咳のをしている音が聞こえる。聞くと、この咳は2ヶ月も続いているとのことだった。

病院にいって検査してもらっても、風邪との診断。プロジェクトも忙しい時期で休むこともままならなかった。

 

お見舞いにいかなかった後悔

 

長引いた外出禁止措置もようやくとけ、最後の追い込みの時期だった。久しぶりにあったIさんはやせ細っていて、まだ咳がとまらず、微熱もずっと続いている様子だった。

そのうち帰国準備がはじまり、なかなか彼と会う時間も作ることができなかった。

もう少しで帰国、そんな時彼に電話をかけた。

「今ダッカの病院に入院しているんだ。」(※ダッカ=バングラデシュの首都)

検査入院だから長引かないと思うから現場で活動をやってくれと言われた。

 

いよいよ任地を離れ首都ダッカでの帰国報告会や帰国手続きが行われた。

その時彼はまだダッカの病院に入院していた。

ダッカの中だし、時間を作ってお見舞いにいこう。そう思っていたにも関わらず、帰国の準備のあわただしさに負けて、結局行くことができなかった。

帰国前日彼に電話をした。今までお世話になった御礼をせめて電話で伝えたい。その時ぼくはバングラデシュにまた戻ってくることを決めていたため、また戻ってくるからその時は元気な姿で会おうねと約束した。

それが彼と話した最後になるとは思いもせず・・・

 

思ったら行動しよう

 

お見舞いにいかなかった。

これだけが後悔であり、その時いかなかった自分を責めずにはいられない。

お見舞いにいこうと1回でも思ったはずなのに、それをしなかった。

もう彼は戻ってこない。

思ったら行動しなければ、後悔する。

この時の教訓である。

 

ステーションまとめ

 

バングラデシュで関わった人の死を初めて経験した。

なぜあの時会いに行かなかったんだろう。

バングラデシュに戻ってきた今でもその想いは消えない。

Iさんと関わることができた2年間の感謝の気持ちを決して忘れず、教訓である「思ったら行動する」を実践していくことで、彼への弔いになればいいなと思う。

Iさんへ

本当にありがとうございました。

どうかIさんの家族とバングラデシュの幸を祈っていてくださいね。

 

「思ったら行動する」この教訓を胸に、次のステーションへGO!

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