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日本を飛び出し、混沌の国バングラデシュに恋をした男の話

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日本を飛び出し、混沌の国バングラデシュに恋をした男の話

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一通のメール

「昨日行った六本木の店の姉ちゃん、おっぱいでかかったんだんだよ。」

ゲラゲラゲラ。

(は~今日もか。もっと未来のある話ないのかな)

「あの~すみません。明日も早いのでお先に失礼します。」

商社に勤める僕は平日でも週に3回は飲みにつれていかされる。

お酒を飲むのが嫌いなわけじゃない。でも女の話、下ネタは大の苦手。

それよりも、未来にワクワクする話がしたい。

満員の最終電車の中で、携帯のメールの着信音が響いた。

うとうとしていた僕は(もー誰だよ、うるせーなー。)と思っていた。

視線を感じて自分の携帯電話を確認してみた。

着信音がなっていたのは僕だった。

気まずい雰囲気の中、僕はメールを見た。

「来月から2年間モンゴルに行ってくるので、携帯解約します。」

(モンゴル?)

まさか旅行で2年間も行くわけでないだろうし。

「世界も、自分も、変えるシゴト」

電車の中吊り広告が目に入ってきた。

(えっ!もしかして)

「もしかして、青年海外協力隊?」

「うん、そうなんだ。前からの夢だったんだよね。」

それから青年海外協力隊の情報を調べつくした。

僕これがしたかった!そう思ってから合格通知が届くまで1年。

「バングラデシュ派遣」

合格通知を見た僕は手が震えていた。

 バングラデシュの日常

それからまた1年がたった。

異臭が漂い、物乞いが寄ってくるバングラデシュに僕はいる。

夢にまで見た世界が今目の前にある。

僕より濃い顔をした浅黒い肌。

ぎょろっとした目つきで笑いもせず、立ち止まって僕をみてくる。

笑いながら「チャイナ」と叫んでくる若者。

車のクラクションの音が鳴りやまない。

リキシャ(人力車)や車でいつになったらすすむのかわからない渋滞。

食べ残しやゴミがそこらじゅうに投げ捨てられている。

「ご飯も食べられないからお金ちょうだい」と服の袖を掴む子供。

全てが日本と違っていた。

それでも僕はワクワクしていた。

食事は365日3食がカレー味。どれも辛い。

デザートはどにかく甘い。まるで砂糖水を飲んでいるかのようだ。

どこから汲んできたかわからない水を使って作る路上の茶。

どれもがバングラデシュを作り上げているもの。

 初対面の会話

「兄ちゃん、チャイナかい?」

「いや日本人だよ」

「おーマイフレンド。ニーハオ」

(それ中国語なんだけどな・・・)

満面の笑みを浮かべる茶屋で隣に座ったおっちゃんは、まだ話を続ける。

「どれくらいここにいるんだ?」

「2年」

「何してるんだ?学生か?」

「いやJICAってしってる?JICAの仕事でボランティアできたんだ」

「そうか、じゃーうちの道路が壊れているんだ。直してくれ」

(・・・ボランティアだからお金ないのに)

「ところで家族は誰がいるんだ。兄弟は何人だ」

「結婚しているのか?」

「どこに住んでいるんだ?」

「どのレベルの教育を受けてきたんだ?」

「宗教はなんだ?」

「給料はいくらもらってるんだ?」

個人情報もあったもんじゃない。

これは初対面の一般的な会話。

そんなこと聞く?と詰まってしまう質問ばかり。

うっかり携帯の番号を交換した日には、

夜中の1時、2時でも電話がかかってくる。

1週間電話をしないだけで

「お前は俺のこと忘れたんだろ」と言ってくる。

 時には笑いながら流し、時には本気でイライラし、時には説教もした。

友達の意味

あるとき僕は休暇を使って旅にでた。

毎日心も体も距離が近すぎる人々と接することに疲れていた。

「俺はお前がどこで何をしているのか、

答えられなくて友達としてがっかりした」

休暇を終えて帰ってきたときの友人の言葉が忘れれらない。

バングラデシュではない国にいったのだから携帯は繋がらない。

職場にはもちろん休暇申請はだしていた。

日本だったら、友達だからって自分の行き先を伝える義務なんてない。

友人は本気で怒った。失望していた。

友達は家族と一緒なんだ。

どこかに行くのはいい。

でも俺の友達がお前のことを聞いた時に、

お前のことを知らない自分が情けないし恥ずかしいんだ。 

その時、バングラデシュのことをはじめて少しわかった気がした。

そして気づいてしまった。

嬉しい。

最高に嬉しい。

それに気づいてから、少しのことではイライラしなくなった。

 ベンガル人に近づけた日

僕は、仕事で初めての場所にバイクで向かっていた。

気温は35℃を超えている。

ぎらぎらと照りつける太陽。

実はこの時期ラマダンと呼ばれる

「イスラム教徒」にとって大切な断食の季節だった。

夜明けから日没まで水も唾も含めすべての食事を喉に通してはいけない。

暑い中、外を歩き回っていたら倒れてしまいそうだ。

僕は断食をしていない。

それでも路上で水を飲むのは気が引ける。

「あなた日本人?」

1人のおじさんが話しかけてきた。

「こんな暑い中で冷たいものでも飲みたいでしょ。こっちおいで」

連れて行かれた場所は、薄暗いトタン屋根の錆びれた倉庫のような家。

使い古したセミダブル程度の木製のベッドが一つ。

あとは洋服掛けが一つと、調理器具があるだけだった。

奥さんが1人、学校に通う子どもが4人もいた。

「スプライトでいいかい?」

シュワッと冷たく美味しそうな音が響いた。

僕はすぐに飲もうとしなかった。

「嫌いなのかい?」

「いや、今ラマダン中ですよね。皆さんの前で飲めないです」

「それはイスラム教徒である私たちが信じてやっていること。

   君は違うだろ?」

「それより知らない国にきて、一人で住んで、寂しくないかい?」

「体壊したらいけないから、飲みなさい」

僕はエアコンも扇風機も、電気もない家の中で、汗と混ざって

しょっぱくなったものが目から落ちてきたこともわからず、

一気にスプライトを飲み干した。

幸せな瞬間だった。

僕だけの為にカレーを作ってくれた。

右手をスプーンのようにして

おかずと白米をぐちゃぐちゃに混ぜて食べるカレーが

こんなに美味しいのかと感動した。

それからたくさんお互いのことを話した。

それ以来、僕は村の人々の家にいくようになっていた。

自分から電話もするようになった。

「お前はもうベンガル人だな」

そう言われることが嬉しく仕方がなかった。

一人を幸せにできなかった

僕は2年の任期を終えようとしていた。

親友と呼べる大切な人もできた。

一つの活動における達成感もあった。

突然、友人が僕の引っ越しを手伝いながら話し出した。

「お前はさ、ここに2年いたけど、活動を通して

一人でもいい、一家族でもいいから幸せにできた?」

僕は固まって何も返すことができなくなった。

確かにお前は仕組みづくり、

仕組みの中での縦や横の繋がり、

それを維持していくこと、それをやってきてくれたのはわかる。

それがお前の仕事だったこともわかっている。

でもさ、一人を幸せにする手助けができなくて、

みんなの幸せに繋がるとは思えないんだよ。

その通りだった。

僕はその時、悔しさよりも、

もう一度チャレンジしたいという気持ちに変わっていた。

バングラデシュに恋をしていた

久しぶりの日本。

空気が美味しい。

食事が美味しい。

お湯がでる喜び、水がでる喜び、電気がある喜びを体中で感じた。 

でも僕はまたバングラデシュへ戻る。

一人を幸せにするミッションを叶えるために。

人との繋がり、

人との交わり、

家族との触れ合い、

友達に対する想い、

いつしか僕はバングラデシュという国に恋をしていた。

 

ステーションまとめ

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青年海外協力隊に応募するきっかけになったこと

バングラデシュの日常の様子や日本と異なること

バングラデシュの生活を通して気づいた

自分自身の価値観や大切にしたい想いを

物語風にして紹介した。

バングラデシュを知らない人、

筆者ジェイをしらない人にも何か伝わるものがあったら嬉しい。

 

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